近頃、感謝という言葉が使われすぎている気がする

毎年恒例ユーキャンの新語流行語大賞がその看板とは裏腹に実際は流行語ではなくてメディアで話題になった出来事に対して贈られる賞であるのに対して、一昨年から始まった三省堂の今年の新語はある程度誠実に本当に巷で流行した言葉を選定しようという姿勢が対照的である。ユーキャンの新語流行語大賞がいろいろな点でひどすぎるため相対的に三省堂の企画がよく見えるが、やはり流行語の性質上、ある程度定着しないと流行語とは言えないからその年に生まれた新語を流行語として選定するかどうか見極めが難しいという問題がある。もう一つはある時点を境に爆発的に流行しだしたような言葉ではなく長い間掛けてじわじわと広まった言葉はあまり注目されないという点も問題ではないかと思う。そのひとつとして、ここ数年「感謝」という言葉がそういう類の流行語ではないかということを強く感じるようになった。

最近感謝という言葉がやたらと使われすぎているように感じるのは感謝の気持ちが足りないからだろうか。

インタビューでは「感謝しています」と言わなければいけない決まりでもあるのか

スポーツ選手でも何でもいいけど、ヒーローインタビューを見ていると必ず「これまでお世話になった大勢の方々に感謝しています」とか「ここまでこれたのは私一人の力ではありません」ということをいちいち言いたがる選手が多すぎると感じる。確かにこういう言葉から嫌な感じはしないが、これを聞くたびに率直な気持ちとしては「そんな当たり前のことは言わなくても分かっている」と思ってしまう。誰の世話にもならず栄光をつかむ人など存在しないのだからわざわざ明言する必要があるだろうか。そして感謝の気持ちをインタビューで披露する必要はあるだろうか。人前では言わずに直接本人に言ったほうが誠実だと感じるのはおかしいだろうか。感謝の気持ちがあるなら「今日は応援してくれてありがとうございます」とその場に来てくれたファンに礼を述べるだけにとどめる方が好印象だろう。

ただしこれについてはインタビュアーも問題だと思う。今の気持ちはどうですか?とか、この気持ちを誰に伝えたいですか?とかいう決まりきった質問しかできない素人インタビュアー、そして「感謝しています」という返答を誘導するような質問をして感動の押し売りをしたがるインタビュアーがヒーローインタビューの感謝連発をひきおこす一つの原因になっているのは明らか。その選手の本当の言葉を引き出せるプロのインタビュアーが少ないのはなぜかと考えてしまった。

あとはインタビューでの感謝といえば数年前にノーベル賞を受賞した山中さんが思い出される。たしか奥さんと一緒に会見をしたときに「感謝しかありません」というようなことを言っていた。メディアを集めての会見だからそうやって言うのは好印象だろうけど、わざわざ会見で言うようなことだろうかと思ってしまった。「感謝しかありません」と人前で言うことが感謝したことになるのか。

本のまえがき・あとがきでの過剰な感謝

書籍のまえがきかあとがきには必ず謝辞の言葉を述べるのが半ば決まりになっている。謝辞を載せていない本を見つけるのは難しいのではないのかと思うほどよく見かけるのだが、ここでも過剰ではないかと思われるほど感謝感謝と連発する人がいる。そもそも書籍で謝辞を述べるのはその本を執筆するうえで世話になった人だけでいい。たとえば編集者とか校正を手伝ってくれた人、助言を与えてくれた人に対してその名前と共に「感謝しています」とか「お礼申し上げます」と簡潔に書けばいいのに、どう考えてもその本の執筆にはかかわっていないだろうという人まで巻き込んで感謝だけで1ページびっしり埋まっている本もある。そういう感謝の安売りは本当に世話になった人に対してむしろ失礼ではないか。関係ない人にも感謝したいならその人と会ったときに直接ありがとうと言えばいいのに。

NHKの連ドラで感謝の連発

連ドラは演技が臭いしいろんな意味で面白くないと思っているので積極的に見ることはないけれども、朝家族が見ているのを聞いているとここ数年「感謝」というのをよく耳にするような気がする。そもそも連ドラというのが女性向けに作られているものだから、感謝という言葉の受けがいいのも女性に対してなのだろう。連ドラでの感謝連発も巷での「感謝」の流行を反映している。

「感謝しています」に感謝の気持ちはこもっているか

感謝していますという人を非難するつもりは全くないけども感謝が使われすぎて感謝という言葉に重みがなくなってしまうのではないかと心配している。普段から感謝連発の人は本当に礼を言いたい人に対して感謝の気持ちが伝わらないと思うし、感謝は本人に直接言うべきだと強く思う。関係のない人前でそういうことをべらべら言わないのが日本的な美徳ではないだろうか。