ハンズフリー通話が気持ち悪い理由

最近手ぶらでイヤホンマイクをつけてニヤニヤしながら独り言みたいに通話している連中を何度も見かけるようになったがあの気持ち悪さはいったい何なんだろうか。新しい光景なんだからいずれ慣れるよともいわれたが一向に慣れる気配がない。見かけるたびに不審者を見かけたときと同じ気持ちになる。外国人ならまだいいとか言う人もあるけど、外人でも全く変わらずに気持ち悪い。とにかく気持ち悪い。

そもそも両手が空いてるだろ

ハンズフリー愛好家のイメージ。両手はとくにすることがないのでポケットに突っ込んでいる。

ハンズフリー通話している奴らにまず言いたいのはこれ。両手とも空いていて別に仕事をしているわけでもなくメモを取っているわけでもない。どうして手で携帯をもって耳に当てないのだろうか。まさか肘を曲げて手を耳の位置に持ってくるのがだるいとか言うんだろうか。ハンズフリー用のイヤホンを買ってわざわざそのためだけに装着するほうが数倍だるいだろ。

ハンズフリーのためのハンズフリー感

さも「俺は電話なんかしてないぜ」みたいな顔をして街中を歩きまわっていながらその実、意識は完全に電話に持っていかれているのである。それなら立ち止まって普通に耳に当てて電話に集中すればいいのに。無理してハンズフリーしている感がびんびんに感じられてダサい。

この前水曜日のダウンタウンで「電話中ならどんなものでも受け取ってしまう説」とかいうのをやっていたけど、そもそも通話中には多かれ少なかれ電話に意識が持っていかれるものだ。電話しながら何か別のことをするというのは実際あまり効率がよくない。やってる感は演出できても実際大したことはできないのである。

進化しているようで退化している

ハンズフリー通話というのは昔からある近未来のステレオタイプだからなんとなく最先端っぽい雰囲気はするがよくよく考えてみると最先端どころか退化している。具体的には以下の明確なデメリットがある。

  1. イヤホンという余計なお荷物を常に携帯しなければいけない。
  2. 音楽を聴いているときの着信は別として、通常時は着信の度にイヤホンを装着する必要がある。
  3. 独立したイヤホンは充電の必要がある。
  4. イヤホンを長時間装着すると耳に負担がかかる。

現代の技術ではハンズフリーを実現しようとすると普通の電話よりも明らかに手間が増える。昨今の流行からすると様々な機能を統一的により少ない機器で実現しようというのがより洗練されていてより現代的な考え方であるというべきだろう。そういう意味でハンズフリー用にイヤホンを購入するというのは時代に逆行しており、むしろ不便で退化しているといえる。普通だったらスマホ1台だけで着信があれば指で画面をタッチして耳に当てるだけ。通話が終わればもう1回タッチしてポケットなりかばんなりにしまうだけですべてが終わる。なんと簡単でスマートなんだろう。ハンズフリーをわざわざやるようなもの好きは自分から手間を増やしているのである。要するに近未来風なのに実態は全然近未来じゃないというのがダサいということ。

通話しながらうろうろはもともとおかしい

あと、ハンズフリーが気持ち悪いのは大声でしゃべりながらうろうろ徘徊し、他人のことなど気にもかけない図々しさも一つの原因だと思う。というか、そもそもハンズフリーじゃなくても大声で電話しながら歩き回るのは変だ。特にハンズフリー族の場合なぜか知らないが一段と大きな声を出しながら電車の中とか買い物をしながら見せつけるようにやっている奴ばかりなので、たとえハンズフリーでなくてもやばい連中であることに変わりはない。

今後、当たり前の光景になるのか

この話題を出すと必ず「携帯の出始めの頃と同じでいずれ利用者が増えれば慣れるよ」という意見が出るんだが、それは絶対にありえないと思う。なぜならハンズフリーが必要な場面というのはそうそうないからだ。家なら普通に電話するか、両手がふさがっていればスマホでスピーカーにするのでイヤホンなんかつけないし、外では両手ともふさがっているという場面はめったにないから手で携帯を耳に当てるという動作をあえてやめる理由が一切ない。

現在外で見かけるハンズフリーの連中と言うのはたいてい新しい技術が出たから試したいという動機でしかないと思う。そもそも本質的な利用価値のないものは一時的なファッションとして流行したとしても必需品とはなりえないし、ほとんどの人は必要もないのにこれ見よがしにハンズフリー通話で街中を闊歩するなんていうのは恥ずかしいという普通の感覚を持っているので、広く普及して街中でよく見る光景になるというのは現段階ではありえないだろうと思う。今後、電話という概念が根本から覆されるような新技術が開発されない限り、街中でのハンズフリー通話は物好きな変わり者の習俗であり続けるだろう。